山口地方裁判所萩支部 昭和41年(わ)10号 判決 1966年10月19日
被告人 田中弘司
主文
一、被告人を懲役一〇月に処する。
二、未決勾留日数中六〇日を右刑に算入する。
三、押収中の連続テレビドラマ「源義経」第四回、第五回台本を日本放送協会に還付する。
四、訴訟費用は被告人の負担とする。
理由
一、罪となる認定事実
被告人は昭和四一年二月五日午後三時頃、長門市東深川田屋三上山、三宝大荒神神社下西麓道路を、東深川湊二区田村獣医方からひきとつてきた自家の飼犬(秋田犬)をつないでつれながら、大津高校方面から北方の自宅に向つて通行中、A子(昭和三四年八月二〇日生)がその保育所の友だち河池伸子(昭和三四年八月九日生)と右登り口附近で遊んでいるのを認めるや、右A子が一三才未満であることは十分認識の上、甘言をもつて同女を拝殿横東方の山林中に連れて行き、被告人の手でズロースを両膝の辺りまで脱がせ、その際、手指で同女の股間附近に触れたものである。
二、累犯前科
被告人は昭和三六年一月一二日萩簡易裁判所で窃盗罪により懲役九月に処せられ、同年一〇月頃その刑の執行を了え、同三七年二月八日同じく萩簡易裁判所で窃盗罪により懲役一〇月に処せられ、同年一一月頃その刑の執行を了えたものである。
三、認定に供した証拠、心証形成の過程
被告人は公訴事実のうち、その日に、その道路を、東深川湊二区の田村獣医方からひきとつてきた自家の秋田犬をつれて自宅に向け通行したことは認めるも、道路通過時刻をはじめとして犯行は終始全面的に否認している。しかしながら当裁判所は左のような心証形成の過程を経、1乃至15の証拠を綜合して被告人の本件犯罪事実を認定するにいたつたものである。(証拠の標目については文中アラビア数字で引用する)
(一) 被害者A子が本件被害にあつた事実について
1 証人田中朝子の証言(A子の母親) 検察官申請
2 証人岡田新作の尋問調書(直後診断した医師) 弁護人申請
3 検証調書 職権
4 司法警察員作成の実況見分調書 検察官申請
証人朝子は直接被害現場を体験したわけではないが、その手塩にかけてきた生みの母親の体験として、被害直後ならびにその後二、三日のA子の言動を、児童としての衝撃、恐怖の心理の起伏、その後暫く恐ろしがつていた事実をもふくめて如実に伝えている。
ところで弁護人は右証言中A子から聞いた被害事実の内容は生存している同人からの伝聞であり、刑事訴訟法第三二四条、第三二一条第一項の例外に当らないから証拠能力がないと主張する。
しかしながら六年五月の児童に対する、知的プロセスや被害者の行為の媒介を伴わない、直接、端的な肉体への侵害行為の場合においては、いまだ警察の捜査その他目的的な意識の介入をさしはさまない、直後母親が児童から感得した言動は、大部分は所謂再構成を経た観念の伝達ではなくて、被害に対する児童の原始的身体的な反応の持続そのものの母親の体験であり、そのかぎりにおいてはA子から感得した言動は伝聞に当らないものである。
また一部伝聞に当るとしても、既に被害時から四ケ月を径、その間に後述二日にわたる犬探しと、供述調書作成、見分調書作成の三度にわたる警察官の取調の介入、医師の診察、触診の経験、推測される周囲家族の被害事実についての重なる話題の繰返し、四月から小学校に入学して新たに知的な訓育生活に入るという児童にとつて最も大きな生活上の変化が加わつている、といつた諸事情がある場合には、被害事実の犯罪としての定型的部分については、暗示、誘導などに基く加工、歪曲、錯誤、とりちがえ、もしくは起訴事実への迎合が十分危懼され、こうした場合には右事項の限度において刑事訴訟法第三二一条第一項第三号に規定する「精神もしくは身体の故障」に該当するものとして、伝聞採用の必要がある。(この点児童等が被害者乃至見聞者であるときの証拠力確保のため、その捜査の際、捜査官や被害意識の生々しい母親などを除いた、保母、教師、医師、など児童心理に対する洞察をもつた第三者の付添、立会が必要であろうし、さらに司法手続の時間的な経過を考慮して刑事訴訟法第二二七条の要件を緩和した捜査側における証拠保全を立法的に考慮するのも一方法ではなかろうか。)
そしてその信用すべき情況的保障も左のとおり十分確認できるので、3、4とともに被害事実を証明することができる。
(イ) 下衣を脱がされた点については、常日頃とちがつた異常な子の泣声に対して、何ら前提のない母親の問に対する応答でありまた2の医師の証言との符合があつて納得できる。
(ロ) 体に手を触れた点については、右事件直後、衝撃の去りやらぬまま、帰宅してやや安堵も加わり泣きじやくるA子のとりとめなさを叱責した母親の激しさに口をつぐみ、興奮もある程度治まつた二、三日たつてからの母親に対する供述であるけれども、発問する母親としては、診察により肉体上痕跡の認められる実害がないことを確め、二、三日を経過した安定感があり、また母として犯人が体に手を触れたような答を期待する誘導性発問の暗示性は到底考えられない。
また答えるA子の側でも、その年令からも、また後述する当審の期日外尋問の際看取された、内気ではあるがどこか慎重な性格から、報復的意図、性的誇張といつた感情的要素、欲求なり、叱責追求に対する弁解などという論理的整序の必要も、ともに考えられず、また女童にとつて、見ず知らずの成人から股間に手を触れられるようなことは極めて異常な衝撃であつて、他の生活体験と混同する恐れもない。従つて「ちんちんをちゆつちゆつとしちやつた。」と児童らしい擬態法に訴えた具象的な表白を伝える証言内容は十分真実性を示すものと考えられ、なおまた医師診断上の実害がないことから犯人に対する寛大な処置を望んでいる証言時の証人朝子の証言態度からみてもその真実性は担保されるところである。
(二) 罪体と被告人との結びつきについて
5 証人田中征一郎の証言(鑑識課員) 職権
6 証人子A子の尋問調書 検察官申請
7 証人河池伸子の尋問調書 検察官申請
8 証人河池民江の証言(伸子の母) 職権
9 長門保健所長作成「登録犬の照会について」 職権
10 右所長作成「登録犬再照会について」 職権
11 伊藤文雄撮影の被告人所有犬、川添良一所有犬、松岡汀介所有犬のカラー写真各三枚あて 弁護人申請
12 世帯主松岡汀介、同河添良一の各住民票謄本 職権
そのほか前掲1の証言
右証拠によつて証明できる事実の核心は、A子ならびに犯行直前まで連れだつた伸子が二月八日思いがけなく被告人を犯人として再認したこと、さらに二月一〇日、両名が別々に十数枚の成人の写真中から比較対置の上被告人の写真を犯人として躊躇なく割出していること、六月一七日期日外証人尋問の際、右両名とも二月八日の犯人再認の事実、二月二〇日の写真割出しの事実を記憶し、被告人写真を犯人として四ケ月前同様躊躇なく現認していることである。
(A) 先ず5の証言中、本件認定のかなめともいうべき部分の要旨は、犯人が黒い大きな犬を連れていたとのことなので、二月七、八両日にわたり、A子、伸子両名を伴い、聞きこみや保健所の台帳によつて、犯行現場、田屋を中心に鳥越、白潟、新開町、新屋敷地区と約二キロ近い周辺にわたり、被告人の犬をふくむ二〇匹近い黒い犬を見分したが犯人の犬と確認できず、最後にA子らが右のうち一番似ていたという被告人の犬をもう一度よく見せようと思い連れていつたところ、思わず被告人が出てき、帰途A子ら両名が被告人を犯人だと確認した、というにある。そしてその証言内容は左の諸点から採用に値するものと認められる。
(イ) A子らは第一日目の犬探しの際、最後に被告人の犬を見たが似ているけれどもちよつと違うといつて断定しかね、第二日目に一七、八匹近い黒い犬の見分でも探しあぐね、その後、右両日の見分範囲の限度では最も暗示性の少い決定問に対し、A子が「線路の辺りの家にいた犬(被告人の犬)だ」といつてこれを選択したものであり、しかも犬の見分だけのつもりであつた証人にとつて被告人が出てきたことは予想外のことであり、その際、その間に交した会話も「あんたのところの犬か。」「今さかりがついてる。」程度であるというから(この点被告人の供述と符合する)、A子らの犯人再認にいたる経過に作為、誘導による暗示は考えられない。
(ロ) 被告人方からの帰りしなの「あのおじさんは違うか」との証人の質問は多少期待問の疑念がないではないが、前後の状況からみても不用意な認否問と認められ、暗示性は少いし、これに対するA子の応答も「あれに違いない。」と通常の答の範囲を越えて、さらに積極的に「おそろしかつたのでこうしとつた。」と言つて両手で自分の顔を蔽つた身体的表現を示したというから、これは内気な同女の性格を考えると、稚拙ではあるが、それだけたくまない真実性にみちた表現である。
(ハ) 証人は警察官ではあるが本件については鑑識課員として、当日の現場見分、犬探し、実況見分調書作成の際の写真撮影にしかタツチしておらず、犯人の割出し、追求自体の詳細を知らない。そして右A子らの犯人再認の際にも被告人特定の確信をいだかなかつたと述べているところにもみられるように、鑑識の職分と検察官申請の証拠調が終つて後の職権証人であることも手伝い、供述の態度も無意識のうちにも終始やや逃避的な傾向が見受けられ、事件の核心に触れる証人としての自覚もなければ捜査目的からする記憶に対する加工、意見の混入もなく、所謂証人の生理としては最も危険性が少い状態と認められる。
(B) 次にA子の証言であるが、前示(一)の伝聞例外についてのべたように証言能力自体に限界があり、犯人の服装、容貌、つれていた犬の毛色、大きさ等の部分は、暗示の介入、表現能力の貧困さによる不正確などの理由で採用できないが、二月八日の犬探しの際の予期しない犯人の再認と、二月一〇日の犯人の写真割出しについての記憶は明確であり、かかる非定型的個性的事実、事件特有に偶然的に附加された事実については証言能力が認められ、5の証言とも符合するところであり、左の諸点から採用に値する。
(イ) A子はどうしてすぐわかつたか、との問に対し、端的に「顔を見てわかつた。写真はあとから見せて貰つた。」と答え、警察官からの誘導ではないかとの検察官の尋問、ならびに、特に誘導性証明目的の強い調子を帯びた弁護人の期待問に対し、単なる否定にとどまらず「うちがはじめにいうたの。うちがはじめに知つてたけど違うかと思つて伸子ちやんにきいたら、伸子ちやんも、ん、といつた。」と積極的な供述をして、暗示に対する強い抵抗を示している。裁判官の補充質問に対しても、最初にわかつたのは「うちです。おうち(被告人方の意)から車にのるときにうちが言つたの。」としつかりした記憶でのべており、犯人再認と、写真割出しに誘導による暗示がなかつたことが認められる。
(ロ) A子は内気ではあるが、どことなく慎重であり、知能程度も普通で年令相応の分別はしつかりしており、当意即妙的な表現も、空想癖毛特に認められない。
(ハ) 証人尋問の際は、被告人写真が最初にA子に提示されたため暗示の疑念がないでもないが、貼付台紙見開きの成人四名の写真の一枚として同時にさらされており、ためらいもなくいたずらされたおじちやんであることを証言しているので、後記各証拠の補充とともに真実性を肯つてよい。
(C) 7の伸子の証言についても、犯人の服装、容貌、つれていた犬の毛色、大きさなどについての部分は、A子同様の理由で採用できないが、犬探しの際における犯人の再認、それにつき暗示がなかつたこと、二月一〇日の犯人の写真割出し、については明確な記憶に基く証言をしており採用に値するし、前示5、6ともほぼ符合する。
ちなみに伸子は年令相応の分別はしつかりしているが、A子に比べると外向的でやや速断的なところが見受けられ、また直接の被害者でなかつたところから、被告人方での犯人再認はA子とどちらが先であつたか記憶がぼやけているが、この程度のくいちがいはむしろ両証人の証言の自然さを示すものであろう。
しかも右再認は警察官の誘導ではないかとの誘導事実ひき出しを期待する弁護人の四度にわたる誘導的反対尋問に対し、明かに抵抗を示し、「はじめ、うちらが教えてあげたの」と証言している。また二月一〇日の写真割出しの方法は「ばらばらになつていた。」なかから抽き出したことを選言的な質問に対して答えている。
また証人尋問の際六ページにわたつて各ページ二枚あて貼付した成人一二人一二枚の写真を提示したところ、自ら最初のページからめくつて五ページ目上部にある被告人の写真をためらいなく示した行動は、右証言の真実性を証するに余りあるであろう。
(D) 犬探しに当初つきそつていた状況、二月一〇日、A子と伸子が別々に被告人の写真を犯人として完全な比較対置の方法で割出した状況、などについては8、1の証言がほぼ右各証言と一致し、9、10、11、12一の各証拠も右各事実を補強するものである。
(三) アリバイの不成立
弁護人は被告人の現場通行時は遅くとも当日午後二時三〇分前で、本件犯行時午後三時前後頃にはアリバイが成立するとして、犬引取りの被告人を田村獣医方まで自動車に同乗させた証人皆川昌嗣(イ)、被告人が現場を通つて帰宅後寿司代を集金にいつたとする大工燃料店方の証人竹下慶子(ロ)、その集金の金で被告人が行つたとするパチンコ店の証人平原春之(ハ)、被告人が当日(土曜)再放送のNHKテレビドラマ「源義経」の放送中(午後一時二五分から二時一〇分まで)に家を出、放送の終らぬうちに犬を連れて帰宅したと証言する証人田中鏡子(ニ)、をあげているが、次のようにアリバイを証するに足らない。
(イ)について
同乗させたのが昼過ぎから午後三時頃までの間であつた記憶はあるが、当時仙崎駅前にあつた自宅に昼食をたべに行つて工場に戻る途中であつたか、始終ある他の用での往復であつたか昼食も一二時頃か一時頃だつたかも明確でなく、右証言からは同乗させたのが午後一時すぎであつたか二時すぎであつたかも判然としない。
(ロ)について
尋問当日朝検討した当時の伝票から、二月五日営業時間中(午前八時から午後五時まで)にすし代等一二九〇円を被告人に支払つたこと、それが被告人に手渡した最後であることは記憶しているが、午前中であつたか午後であつたか、きめての証言がない。
(ハ)について
被告人が最後にきた日が二月五日であるかどうか判然とせず当日小雪がちらついた(萩測候所長「天候状況照会回答」)点よりみて、「みぞれが降つていた」との証言からかりに五日とするも、被告人は当日午前一一時頃から午後一時か二時頃までパチンコをやつてい、一旦帰宅して、また玉の金を返しがてらパチンコにきたとするも、店を出たとき及び戻つてきた時間について確実な記憶がなく、被告人の供述を裏付けるものではない。
(ニ)について
被告人が逮捕されたのが二月一二日(土)朝で、被疑事実の犯行時が二月五日(土)であるから、妻として五日頃のテレビが記憶喚起の根拠となるのは不自然でない。ところが当日は雪のため映像がよく映らず、大部分声音だけを聞き、被告人が犬をつれて帰つたとき「松の木の上に猿か何かがおるから、と言つてたのをききました。」といつているが、右テレビドラマでは、前回一月二九日(土)再放送の最後に、松の枝に腰をかけていた伊勢の三郎が、義経が射た矢で樹に縫いつけられたシーンがあり、これに対応して義経の「木の上に何やら動いておつた。猿かそれともりすかな。」というせりふがあつた。そして二月五日冒頭に右シーンを再映したが義経のせりふはなく、それ以外に当日分の最終までの映像ならびにせりふに「猿」を連想させる処は全くない。従つて右テレビドラマとの符合に関する記憶は全く事実と反する。(資料、連続テレビドラマ「源義経」第四回「初冠」、第五回「熊坂はやて」のNHK放送台本、第五回追加シーンの台本、合川プロ村上からの手紙)
(ホ)被告人の供述について
3、4によると田村獣医宅から本件現場わきまで約一、三〇〇メートル(歩行約一九分)、さらに被告人宅まで田のあぜみちを通つて約七〇〇メートル(歩行約一〇分、線路上を通れば約六〇〇メートル)で右歩行時間は、検証時、歩行としては余裕をおかない、かなりきついものであつたから、貰つて一月足らずの、しかも三時間を下らぬ時間獣医宅につながれていた犬をつれての歩行であれば、被告人のいう経路を辿つての帰宅所要時間は少くとも四〇分を下らないと思われる。
ところで獣医妻田村清子の証言によると、被告人が犬をつれて同人の宅を辞した時間については、時刻の点ははつきり記憶しないが、昼を大分すぎて、夕刻までには間があつた頃合としている。
また当日当地方の日没時刻は一七時四七分であり夕方は晴れていた。(萩測候所長前示回答)
右各事実ならびに後記任意性の認められる自白調書の存在から検討すると、被告人が遅くとも二時三〇分前までに帰宅して、三時頃には現場附近を通過していないとする弁護人の主張ならびにこれに添う被告人の供述は採用しがたいところである。
(四) 被告人の自白調書とその任意性
13 被告人の検察官面前調書
14 同人の司法警察員面前調書三通
15 証人野村重郎の証言
弁護人は右各自白調書は警察官が「本件は軽犯罪的なもので罰金ですむ」からとの詐術、利益誘導によるもので任意注を欠くと主張し、被告人はその趣旨にそう供述をしている。しかしながら左の諸点から右事実は認められず、その他暴行脅迫等任意性を疑がわせる事実はなく、被告人の任意真摯な供述を記載したものと認める。
(イ) 被告人は二月一二日朝逮捕、二月一四日勾留(代用監獄長門署)されているが、当初福田智警察官の取調中は否認し、顔見知りの野村重郎警察官の取調になつて八月一八日に、自白調書三通が作成され、身柄を拘束されて六日目であり、その間取調回数も少く数回と被告人はのべており、それほど長期の拘束とも思われない。
(ロ) 被告人は野村警察官が調書を作成してから暫く時間をおいてから署名指印している。
(ハ) 被告人は逮捕後すぐ翌日弁護人に弁護を依頼し、一六、七日頃には面接して、弁護人からやつていないならありのままいえ、と注意を与えられているし、妻鏡子はその間毎日警察に通つていて、接見禁止の措置もされていない。
(ニ) 被告人は野村警察官が罰金ですむから弁護人を断れというので、一旦作成した弁護人届を一八日妻に返して送り届けて貰い、その後自白調書を作成したというが、下関在の西田弁護士からの長門署刑事課長あての選任届作成依頼の手紙は、わざわざ二月一九日を訂正して二月一八日の日付となつており、また本件弁護人選任届の日付は二月一九日付となつているから、右依頼の手紙が二月一九日に到着し、選任届は自白調書作成後の一九日作成されたとせざるを得ないので、被告人の右供述は採用できない。
(ホ) 被告人は警察官に対しては罰金で帰れるからということで自白したといいながら、一方、それから拘束は続き、五日目の二月二二日に萩拘置所に移監され、捜査も検察官に移つたことを心外に思つたと供述しているのに、同日検察官に対し、勾留の際否認したことを詫びて自白調書を作成し、右について検察官の詐術誘導はなかつたと、のべている。
この点被告人は少年時、特別少年院送致一回、成人後逮捕歴七回、うち三回は罰金、三回は実刑の裁判を受けているので、司法手続における身柄の処置についてはある程度予備知識がある筈である。
(ヘ) 妻鏡子の証言は自白調書作成日に面会しているが、罰金で出られるということは萩に身柄が移つてから聞いたとしており、辻つまが合わない。
(ト) 13の調書の内容に、否認していた理由として、すでに顔見知りの長門署の署員や拘置所の人々に対し、女の子のいたずらなど風体が悪いので知られたくなく、すし屋の商売の信用にもかかわるから、との説明があるが、当年二八才の被告人のような犯歴者(窃盗、暴行、賍物収受、銃砲刀剣類等所持取締法違反、道交法違反等の前歴で、所謂婦女に対する風俗犯はない)にとつて一応納得できる心理と認められ、4の作成の際、現場立会を敬遠したこと(証人野村の証言)とも一貫している。
また14のうち一通の調書で家庭争議のもとにもなるのでと否認していた理由をのべていることも、鏡子と結婚後約二年で性生活等をみても親密な夫婦の間における被告人の心理として、不自然ではない。
(五) 累犯前科について
16 前科調書
四、法令の適用
刑法第一七六条後段、第五六条、第五七条、第五九条
刑事訴訟法第一八一条第一項。
五、情状
出来心とはいえ、六才の幼児に対し、前後のわきまえなく、いたずらを加えて、学令期にわたる大事な時期の童心に衝撃を与え子を持つ親に多大の不安をもたらした点、また近隣でありながら示談など事後の被害者に対する陳謝、慰藉もみられず、改唆の情も認められない点、許すべきではないが、幸い医学的検診では被害者の体に実害もなく、その母親が寛大な措置を望んでいる点をも考慮した。
(裁判官 舟本信光)